第5章 ビジネスを始めれば必ず困難や危機がある







 ここまで、起業する際に必要な「フィージビリティ(事業の実現可能性)の確認」と、ビジネスの方向性を設計するための「ビジネスプランの作成」について考えてきました。しかし、現実のビジネスの世界においては、「すべてがプラン通りに進む」ということはほとんどありません。むしろ、通常は「プラン通りに進まないことのほうが多い」といったほうがよいでしょう。
 ビジネスにおける困難が起こった場合に、それが「ちょっとした障害」程度のものではなく、ビジネスの存続そのものにかかわる「危機」と呼べるほどの大きな問題に直面することも起こりうることです。ビジネスが立ち上がって、大きく拡大すればするほど、そういった「危機」の深刻度もより大きなものとなってきます。
 ビジネスにおける「危機」は、ビジネスを行っている当事者が事前に予測できなかった要因によって起こるものです。それらを事前に完全に防ぐことはできないにしても、一般的にはどのような要因で起こり、仮に起こってしまった場合にはどのように対処すべきなのか、ということを知っておき、対応を考えておくことで、リスク要因を減らすことは可能になります。
 たとえば、ビジネスにおける危機が起こる要因としては次のようなものがあります。

・商品・サービスの品質
・組織内の人的リソースの不足
・競合の発生・知的財産権の侵害
・内部情報の紛失・漏洩
・設備・施設・クリティカルパスの欠損
・経済状況(景気等)
・顧客等の外部からの評判
・自然災害

ビジネスの存続にもかかわるような「深刻な危機」をもたらすこういった要因は、起業家自身がいくら気をつけていたとしても完全に防ぐことはできません。そのため、起業家は「危機」が起こった際には、適切に状況を把握して、その状況に対処する能力を求められることになります。
 起業家がビジネスをスタートさせる際、その危機管理までを考えることは少ないといえるかも知れません。しかし、ビジネスの発展とは通常は「困難」や「危機」を乗り越えることによってなされるものですので、こういった問題に対応するための準備は怠りなく最初から行っておくべき事柄といえます。
 この章では、「危機」が起こりうる要因や、危機が起こった際のごくごく一般的な対応について考えていくことにします。

 起業家がビジネスをスタートさせて、それがうまくいきかけている初期の段階で最も起こりやすい問題は、顧客に提供する商品・サービスそのものの「品質」に起因する問題です。
起業家が新規に市場に参入して、「ヒト、カネ、モノ」などのあらゆるリソースが少ない段階で「商品の生産」「サービスの提供」などを属人的な技能(勘、経験)で行っている場合に、顧客に「提供される価値」が安定しにくくなります。

 事業が属人的に「専門職的なプロセス」で行われると、恒常的に商品やサービスの品質の問題を抱え、その問題を繰り返す可能性が高くなります。そのため、これまでの章でも何度も述べてきたとおり、商品・サービスの提供の様々な要素について「数値化」「マニュアル化」などを行いながら、事業全体を「システム化」させていくことによって、品質の維持・安定を目指していくことになります。

 事業の初期の段階では、製品やサービスの計画段階でしっかりとした計画を立て、それに基づいて提供している(と起業家自身が思っている)場合であっても、経験の蓄積が少ないため、品質に関しての問題は発生しやすくなります。たとえば、

・商品の製造段階での不良率が非常に高い(原価や返品率が高い)
・サービスのマニュアル通りに作業を行っても顧客のサービスの満足度が低い(顧客に定着してもらえない)
・マニュアルの説明不足で想定しない使用のされかたをする(顧客に被害が起こった場合の訴訟リスク)

などの問題が多く発生します。

 商品やサービスの品質に関する問題は、事業が発展する過程で常に発生していくことであるので、時々の状況に合わせて、データを収集、業務プロセスの改善・マニュアルの整備、システム化を常に行っていくことが必要になります。

 業務プロセスの「カイゼン」という言葉は、トヨタの生産システムの改善活動などがMBAのケーススタディなどでも利用されることが多いので、ビジネスの世界ではそのまま英語でも通用する言葉でもあります。「アントレプレナー的なプロセス(事業化のプロセス)」とは、日本語で言うところの「恒常的な業務プロセスの改善活動」がその大部分を占めると考えてもよいでしょう。

 起業家が事業を行うにあったって、直接的に顧客に提供される「商品・サービスの品質」は、常にその存続を支えるための基盤となるものです。そのため、商品・サービスの品質の維持・向上のための継続的な改善活動は、「事業を始める最初の段階」から「事業を行っている間中」、常に行っていくことがらとなります。

 ビジネスを開始した直後の起業家の事業で、「商品・サービスの品質」の問題と同様に、その初期の段階で問題となりやすいのは、「人的なリソース」の問題です。

 事業を始めた直後は、通常はどうしても人的なリソースが不足してしまいます。そして、一般的には、充分に組織化されていないことが多いため、そのビジネスの中核となる「商品・サービスの品質」や「会社のオペレーション」など事業に関する様々な事柄が、それを担当する個人の能力に依存してしまいやすくなります。

 そのため、事業における重要な機能を担当している人が「何らかの理由」でいなくなってしまうと、その瞬間から事業が回らなくなってしまうというようなことが起こってしまいます。事業初期の段階で考えられる「何らかの理由」の主なものには、たとえば次のようなものがあります。

・売上が少なく、資金が不足しているために、能力に見合う報酬が払えない
・個人の能力が高いため、他者から引き抜きにあってしまう
・事業初期の段階の殺人的な忙しさのために、体調を崩してしまう
・少人数のグループの中での人間関係の悪化
・各人の目指したいこと、方向性の違い

 こういった理由で、事業を立ち上げた初期の段階では、必ず「人的なリソースの不足」の問題に直面することになります。

 「もともと人的リソースが少ない」、あるいは「ある重要なポジションにいた人がいなくなってしまった」という場合に、それを解決するための手段として、新規に人材を採用することを検討することになります。しかし、この「新規に人材を採用する」という段階でも、ビジネスを始めたばかりの起業家は問題を抱えやすくなります。特に、起業家が採用をする際に直面しやすいのは、「思うような人材が確保できない」という問題です。

 アメリカでは、人材マーケットが日本と比べるとはるかに流動的で、その中にいる人のバックグラウンドや知識レベル(時には言語レベル)がまちまちです。そして、大変な契約社会なので、雇用契約を結んだ際の条項に含まれていない仕事を求めるような場合には、トラブルとなりやすくなります。そのため、人材を募集する際の「仕事内容」「雇用条件」が非常に詳細に具体的に記載されていることが多くなります。その分、採用した人材が「思ったような人材でなかった」場合などには、契約で規定されている範囲内であれば、解雇等も比較的頻繁に行われます。

 日本では、法律によって被雇用者の立場が強く守られているため、正社員として採用してしまうと、解雇しにくくなっています。最低賃金も比較的高く定められているため、起業家にとっての採用のリスクは高いといえるでしょう。

 採用の際、日本では曖昧な条件で募集をかけるということも多くなりますが、より効率的な事業の立ち上がりを目指す際には、具体的に「どのような人物を採用したいのか?」ということを明確にして、採用を行っていくことが重要になります。

 起業家が新しいビジネスアイデアを思いつき、それを実行に移したところ、大変な収益性の高いビジネスとなると、多くの場合にすぐに競合する他社も参入してくることになります。そのため、ビジネスが立ち上がったら、その直後からの競合との差別化を行っていかなければならなくなります。

 競合に対抗して有利にビジネスを進めていくためには、一般的な対抗策としては、ここまでに述べてきたような「商品・サービスの品質」の問題や「組織内の人的リソース」等の問題を常に改善を行いながら解決していくことが必要になります。

 しかし、近年では収益性の高いビジネスは「知的生産」によって構築することが多くなっています。とくに、「ヒト、カネ、モノ」などのリソースが少ない起業家が、これからビジネスを始めようとする際には、「知的財産権(Intellectual Property)」をどのように利用してビジネスを展開・保護していくことができるのか、ということは絶対に知っておいたほうがよいことといえるでしょう。

 「知的財産権」に関しての適切な知識がない場合、本来は自分自身が始めたビジネスであるにも関わらず、「特許」や「商標」などを取得していなかったために、他社に参入されてしまうこともあるばかりか、それを模倣した他者のほうが特許を取得してしまい、自分自身がそのビジネスを行うことができなくなってしまうようなことさえ起こりうるのです。

 アメリカでは、知的財産権に関しての認識は非常に高く、これを侵害してしまうと、大きな訴訟・賠償リスクを背負うことになります。一方で、規模が小さな起業家にとっては、ビジネスを保護するための強力なツールとして利用できるものであるため、起業家研修の中でもかなり丁寧に説明される部分となります。

 日本を含めた東アジアの国々(日本、中国、韓国)では、この「知的財産権」に関しての認識が、アメリカに比べると低いとされています。特に中国では、ソフトウェアやDVDなどのコンテンツの違法コピーや、特許を無視した模倣ビジネスなどが横行する状況が国際問題とさえなっています。

 日本は、中国に比べれば、知的財産権に関しての認識は高いとは言えるかも知れませんが、それでも「起業家にとって」は有利なツールとして利用はしにくい状況ではあるといえるでしょう。なぜなら、日本では特許取得や訴訟の費用が少々高いことや、訴訟によって有利な判断となっても、それほど金銭的に大きなリターンを得られることが少ないからです。

日本で起業して、日本の大企業を相手にしたビジネスを行おうとするときには、特に注意が必要になります。なぜなら、大企業が小規模な事業者と取引をする際には、「下請け」的な関係を強いることが多く、大企業側から提示される契約条件に「知的財産権の放棄」「著作者人格権の放棄」などの条項が含まれていることが多くなるからです。

 「知的財産権」の正しい認識による運用を怠ると、事業の発展に大きな障害となりうる事柄でもあるので、正しい認識を持っておくことは必要なことといえます。

 顧客にとって魅力的な商品・サービスの開発に成功して、ビジネスが順調にまわり始めると、さまざまな「情報」が社内に蓄積されていくことになります。ビジネスを進めていくうちに蓄積される情報には、たとえば以下のようなものがあります。

・顧客リスト・購入履歴
・マーケティング情報
・取引先情報・仕入れ情報
・財務情報
・業務マニュアル
・独自技術に関する資料
 
 昨今のビジネス環境においては、成功するビジネスを構築するためには、こういった情報を組織的に集め、独自に蓄積しながら、有機的に組み合わせて行っていくということのほうがより重要になっています。こういった情報は、事業を行っていく上で非常に重要な情報のため、これらの情報が「紛失する」、あるいは「他者に漏えいする」というようなことが発生すると、ビジネス上も大変な問題を引き起こすことになります。

 立ち上げた事業がうまくいけばいくほど、悪意のある他社が、自社が独自に蓄積している価値の高い情報を取得したいと考えることになります。しかし、こういった情報の「紛失」「漏洩」というような問題は、巧みに侵入した他者によって発生するものより、大多数はそれを管理している自分自身の問題によって発生します。

 最近では、ビジネスにおける重要な情報のほとんどは、社員個々のパソコンに保存・管理されています。ビジネスにおける極めて重要な情報を扱っているにも関わらず、その情報を管理しているパソコン等の扱い方がずさんであるがために、情報の紛失、漏洩などの問題が発生しやすくなっています。たとえば、以下のような場合です。

 ・重要情報の管理を一台のパソコンで行っており、バックアップを行っていなかったために、そのパソコンが故障してしまったために、すべての重要情報が紛失してしまった。
 ・情報の加工等を自宅で行うために、情報をコピーして自宅のパソコンで作業を行っていたところ、ネット上に漏えいしてしまった。

 自社内の情報の収集・管理について、どのように体制を整え、その「紛失」や「漏洩」を防ぐかということは、現在のビジネス環境においては絶対に必要なこととなります。逆に、情報の管理が重要でない(と起業家が軽く考えている)ビジネスというのは、情報の管理が属人的にバラバラに行われるということですので、それほど大きな発展性のないビジネスといえます。今後のビジネス環境の中では、情報の収集・管理・保全といった、「情報」に関するあらゆることが、ビジネスの中核をなすという認識のもと、常に情報管理体制の確立、維持、改善を行っていくことが、起業家の成功条件といえるでしょう。

 商品の販売事業などを行っている際、主力商品が特定の設備によって製造されているような場合に、
「その設備が故障してしまうと事業が行えなくなってしまう」
ということが起こりえます。ある設備が故障してしまったとき、商品の販売を再開するためには、その設備の修理(または交換)が完了するのを待たざるを得ない、というような場合、その生産設備がその事業自体の生命線を握っていることになります。

 生産設備に限らず、事業を行っていく上では、
「ここに問題が起こってしまうと仕事ができなくなってしまう」
というような部分が少なからずできてくることになります。たとえば、以下のような場合です。

・製造工場で設備が故障してしまって、商品が販売できなくなってしまった
・製造した商品を一時的に保管する場所がなくなったため、製造を止めなくてはならなくなった
・客先への商品配送やサービスを行う自動車が故障してしまい、客先への訪問が全くできなくなってしまった
・顧客からの受注処理を特定のパソコンで行っているが、それが故障してしまい受注管理ができなくなってしまった
・社内コミュニケーションのためにメールを利用しているが、メールサーバーが故障したために、重要な意思決定のためのコミュニケーションが取れなくなった
 
 前章で説明した「ビジネスプランの中に含むべき項目」の中に、バリューチェーン(付加価値連鎖)がありますが、自分が行っている事業の中で「どのプロセスが最も高い付加価値を生むのか」、を考えるとき、起業家が行う事業の初期の段階では「もっとも付加価値を生むプロセス」と「問題が起こってしまうと事業ができなくなってしまうプロセス」というのが一致してしまうことが多くなります。

 事業が小規模なうちは「もっとも価値を生むプロセス」が、そのプロセスに携わっている「ヒト」に依存していることが多くなります。そのような状況から脱却するために、事業が人に依存しないような事業のシステム化(マニュアル化)などは常に行っていくことになります。

 しかし、問題が人的なリソースに依存するものではなく、機械や設備的なものであれば、万が一起こってしまったとしても、被害を最小化するための計画をあらかじめたてることは、比較的容易にできることです。できうる限り事前にその計画を立てておくべきでしょう。

 賞賛される起業家とは、いつでも世の中に対してエネルギッシュに新しい価値を積極的に提供していく存在であることが多いものですが、それでも、社会と完全に独立して存在しているわけではないので、起業家が行っている事業は、その時々の景気などの経済状況に少なからず影響を受けることになります。

 起業家がその事業において、危機的な影響を受けやすいのは、一般的には不景気の時です。世間的な景気が悪い際に、起業家が行っている事業がうける影響としては、たとえば次のようなものがあります。

・顧客の消費心理が落ち込んでいるので、直接的な売上が上がらない。
・売上減退のため、資金が不足しているが、金融機関からの融資が受けにくい。
・世間的な景気の悪化のために、主要な仕入れ先の取引業者が倒産してしまい、別の取引業者が見つからない。
・顧客企業の倒産のために、売掛金が回収できない
・大きめの債務を抱えている場合に、債権の回収に苦慮している金融機関から、突然大きな金額の返済を求められる(貸しはがし)。

 このように、世間的な景気が悪い時ほど、事業にとっても問題が起こりやすいものですが、逆に世間の景気がよい時にも、事業を行う上での困難となりうる要因は様々に発生します。

・顧客の需要に、供給が追い付かない。
・景気がよいため、人材がよりよい条件を求めて流出しやすい。
・売上の増加に伴い仕事が増えるため、採用を検討するも、人材獲得・雇用コストが非常に高い。
・原材料などが品切れなどで不足しやすい。仕入れ先が値上げを行いやすい。
・現在利用している施設費用が高騰する。賃料の値上げや、地上げのための立ち退きを要求される。
・資金が不足した際、借入を行うと、金利が非常に高い。

 起業家が事業を始めて、それを継続していく限りは、世の中の景気の変動などの経済状況には常に影響を受けるものですが、好況であっても不況であっても、困難や危機となりうる要因は存在している、ということがいえます。

 起業家が事業で何か困難に直面する場合は、それはすべて起業家の責任となるため、世間の景気に左右されることなく、自分自身の行っている事業のリスク分析やそれに対しての対応は、どんな状況でも行っていかなければならない事柄といえます。

 ビジネスをスタートして、事業として軌道に乗り発展していくプロセスというのは、「顧客からの信頼・評判を蓄積していく」プロセスでもあります。「売上高」や「経常利益」などのような金額で定量的に測れるようなものとは違い、「顧客からの信頼」「外部からの評判」は目に見えない定量的な測れない尺度であるため、そのコントロールは非常に難しいものになります。しかし、定量的にはかりにくいものであるからといって、対応をおろそかにすることは、事業全体の発展を妨げることになります。

 顧客からの評判というのは、一般的には高い評価を得るのには非常に時間や労力がかかります。逆に、悪い評判というのは非常にスピーディに広がっていきます。また、長い時間と労力を費やしながら、高い評判を得ていたにもかかわらず、あるタイミングで顧客から悪い評判を得てしまうと、それを回復するためには、それ以上の労力・時間、コストがかかることになります。場合によっては、事業が継続できないほどのダメージとなるほど評判が下がってしまうということも起こってしまいます。

 たとえば、飲食店のようなものの場合に、最初のオープンの段階で試しに入った顧客から「まずい」という評価を得てしまうと、その後、その顧客はリピーターにはなりにくいばかりか、周囲の人たちにも口コミでその評価が広がってしまうことになります。

 外部からの「悪い評判」が、提供している商品やサービスなどの品質を正当に評価したものであれば、それは起業家自身の責任によって、改善していく必要があるものです。しかし、現実のビジネスの世界においては、起業家自身にはほとんど問題がないにもかかわらず、さまざまな要因で悪い評判が広がってしまうことがあります。たとえば、

 ・悪意のある他者(競合他社等)による誹謗中傷・ネガティブキャンペーン
 ・根拠のないうわさ、風評被害、自社内のゴシップ
 ・ブラックユーモア、嘲笑的冗談

 特に、事業が順調にいきはじめ、会社の社会でのプレゼンスが上がるに従って、顧客や競合他社も増えてきますので、こういった被害も起こりやすくなります。最近では、インターネットの発達によって、さまざまな業界で「比較サイト」や「レイティング」「口コミ情報」「匿名掲示板」等のサイトができていますので、良くも悪くもよりそういった情報が伝播しやすい状況となっています。

 起業家自身の責任ではないにもかかわらず形成されてしまっている「悪い評判」については、「広報を通じて見解を発表する」、場合によっては、「警察に対応を依頼する」「発信者に対して訴訟を起こす」などの対応を行う必要があります。このように、自分自身には責任がないにもかかわらず、何らかの「評判」に関しての被害が起こることは、発生しうることであるので、そういった場合の対応方法についても、あらかじめ検討しておくべき事柄といえます。

 事業を行っていく上での困難や危機は、適切な計画を行っていれば防げるはずの人為的な要因によってもたらされることが多くありますが、時には「自然災害」や「突発的な事故」など、まったく予想がつかない要因によってもたらされることがあります。たとえば、

地震
火事
台風
洪水
疫病
爆発事故
公的運送機関の運休

などです。

こういった自然災害や事故によって、これまで議論してきた

・商品・サービスの品質
・組織内の人的リソースの不足
・競合の発生・知的財産権の侵害
・内部情報の紛失・漏洩
・設備・施設・クリティカルパスの欠損
・経済状況(景気等)
・顧客等の外部からの評判

等の問題も、事前に想定していたものよりも、はるかに大きな被害をもたらされることになります。

 事業を開始した直後の起業家の場合には、事業の経験も少なく、人的なリソースなども不足しがちなため、「既存の大企業や経験の多い他社であれば当然に想定しているようなリスク要因」を内包ながら事業を行ってしまっている可能性が高くなります。そのため、自然災害や事故のような誰も予想できなかった事柄だけではない、「事前に想定できない問題」も多く発生してしまうことになります。

 ビジネスを行う上で「事前に想定していなかった問題」が発生してしまうことは、起業家の事業においては完全に防ぐことはできないものです。既存の大企業のような人的なリソースも十分にある企業であれば、それをできるだけ防ぐために「リスクマネージメントチーム」などを結成して、自社のリスク要因を洗いだすようなことに注力をすることもできますが、こういった活動は営業活動においては直接的な業績(利益)につながりにくいものであるため、事業開始直後のリソースの少ない起業家としては、当然行わなければならないことではあるものの、注力しにくい部分となります。そのため、起業家的な態度としては、「起こった問題に対して適切に対応する能力」がより求められることになります。

 ビジネスをスタートして、事前に予測していなかった要因によって、困難や危機が起こることは防ぐことができないことです。そして、そういった困難や危機が発生したときに、それが「事業に与える影響」を正確に理解することは非常に重要な事柄といえます。

 これまであげてきた様々な要因によって危機が発生した際に影響が及ぶこととしては、簡単には以下のようなものがあります。

・社会的な評判の低下(新規顧客の獲得が困難)
・顧客からの信用の低下(売り上げの低下)
・取引先企業からの信用の低下(取引の停止)
・従業員の士気の減退(生産性の低下等)など

 これらいずれの現象が起こったとしても、事業の最終的な評価指標となる「事業収益」に大きな影響を及ぼすことになります。

 小規模で事業を行っている段階の起業家に限らず、誰もが知っている成熟した大企業でさえ、何かしらの危機が起こった際に「事業に与える影響」を読み違え、誤った対応を行ってしまったがために、事業全体に大きなダメージを受け、時には倒産にまで追い込まれるケースは数多くあります。
危機対応に失敗してしまうケースでは、大きな危機へと発展しうる出来事が起こったときに、

「そんなことが起こるはずがない」
「それほど大した問題ではない」

といった、「危機を危機として認識しない」ことによって、対応が遅れてしまうケースか、

「これに対応するのはコストがかかりすぎる(リコールなど)」
「問題は問題だが、ごまかして(隠して)おこう」

といった、「問題は認識していたが、それが事業に与える影響を見誤る」という、初期対応の誤りによるものが原因となることがほとんどです。

 事業を行う上での危機的な状況というのは、事前に予測できないからこそ突然に起こるものです。そして、その初期の段階から対応を間違ってしまうと、その後での対応はさらに難しくなります。そのため、予兆と思われることが発生した時点から、適切な対応を行っていくということがきわめて重要になります。

 起業家が事業を進めていく中で、その事業の存続にも影響するような危機が起こってしまうことは、なかば防ぐことができないことなので、それが起こってしまったときに、どのように対応をするかということが非常に重要になります。

 この章でいくつかあげたように、事業を行っていく上での危機の要因となりうることは様々であって、それらが起こっている状況によって起業家は個別に適切に対応を行わなければならないものですが、危機対応のためのごくごく一般的な原則といえることはいくつかあります。

・正直・誠実であること
 事業を行う上で危機的といえる状況に陥ったときに、その対応として絶対にやってはいけないことは、一時的にその場をしのぐために「ウソをつくこと」です。当座の問題の回避のために外部の顧客、株主、従業員などの利害関係者に対してウソをついてしまうと、ウソが判明したとき、その後は何を言っても信頼されなくなります。その結果、危機的な状況を拡大する結果となります。危機的な状況であるときほど、正直で誠実でなければなりません。

・迅速に継続的に対応すること
 事業を行う上での危機というのは、多くの場合、突然目の前に現れて、何もしないと刻々とその被害が拡大していくことになります。危機的な状況とは、通常は大変に混乱した状況であるので、「どれが正しい情報かが分からない」ということも多くなりますが、そのような場合でも、そういう状態であることを正直に逐次知らせていくということが重要になります。危機的な状況で「情報が何も出てこない」のは、利害関係者の不安・不信を拡大させることになります。

・冷静に首尾一貫した対応をすると
 混乱した状況の中では、利害関係者は特に冷静さを失った反応をするようになります。周囲が冷静さを失った状況で、その中心で起業家自身が冷静さを失った対応を取ってしまうと、その混乱が拡大してしまいます。また、混乱しているその時々の状況の中で、対応する人間によって「出てくる情報が違う」という状況は、冷静さを失っている利害関係者をさらに憤慨させることにつながるため、対応する側は首尾一貫した対応となるように体制を整えておく必要があります。

 様々な要因によって起こる危機は、事実として起こっている出来事が同じことであったとしても、そのコミュニケーションの取り方で全く招く結果が違うものとなります。そのため、危機の際のコミュニケーションは原則に則ったものである必要があります。

 第二章において、起業家が参入すべきビジネスとは、顧客にとって、

「必要(necessary)」かつ「緊急(emergent)」かつ「痛み (pain) を伴う」

で、こういった状況にある人の問題を解決する「商品・サービス」を起業家が提供することによって収益性の高いビジネスとなりやすくなることを説明しました。

 目を転じて、起業家がこの章で例示したような困難・危機に陥っているということは、

「必要(necessary)」かつ「緊急(emergent)」かつ「痛み (pain) を伴う」状況にいる

ということです。そして、そういった状況を解決するための商品・サービスを提供することが収益性の高い「儲かる」ビジネスであるということは、逆にそれを解決しなければならない人にとっては、非常に高いコストのかかる事柄であるといえます。

 起業家が、事業に対しての経験も少なく様々なリソースも少ない段階では、事前に予測できないような要因で危機的な状況に陥ることは必ず起こり、かつ頻度としては少なくはないため、その状況に応じた適切な対応を行っていける能力を持つことは必要です。起業家は大きな成果を達成するために、さまざまな困難や危機をその卓越した能力で克服していかなければなりません。

 しかし、事業が危機的な状況に陥ったときに、その状態がいちいち起業家自身の属人的な能力によって処理されなければ解決できない場合には、それは完成度の高い「売却可能な」事業とはなりません。投資家が株式を購入したいと思う事業とは、当然ながら「収益性が高い」かつ「リスクが少ない」事業なのです。

 多くの「売却可能な事業」、たとえば市場に株式を公開しているほとんどの上場企業においては、その事業で危機が起こった際には、それに責任を持って対応するための広報担当者などが役割として明記されています。(もちろん、株式を上場しているすべての企業が完璧な危機対応能力を備えているわけではありませんが。)つまり、完成度の高い事業とは、事業に危機が起こった際にも、それに対応するシステムが出来上がっている事業といえます。

 起業家が、事業をスタートする際に、絶対に必要なことは「顧客がいること」であるので、その初期の段階ではセールスやマーケティングといった、売上や利益に直接的につながりやすい前向きなことがらに注力することにます。それと比べると、「リスク管理」や「危機対応」の「システム化」といった事柄は、後ろ向きで定量的に計測のしにくい(お金にならない)活動のため、起業家の優先度としては低くなります。

 しかし、自分が行っている事業で、「どのような危機が起こりやすく、それに対してどのような対策を用意するか」、「突発的な危機が発生した時にどのように対応するか」ということをシステム化できない場合、起業家はそのような「緊急事態」に常に振り回されることになってしまいます。
しかし、起業家の仕事とは「頭を使うこと」です。直接的なお金につながることだけでなく、危機対応も含めた事業全体の「システム化」を目指していくべきといえます。






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