事業の目的を「売却(EXIT)できる状態にすること」とする考え方は、かなりアメリカでは一般的な考え方となっています。
筆者が受講したアントレプレナー研修においては、その講師のほとんどが起業家やベンチャー投資家として実際に事業の売却に成功して、その後の新たな人生の目標として、自分の経験を基にした起業家の育成に携わっている人たちでした。日本でも、そのような起業家研修も多くなってきていますが、数としては、アメリカと比べればまだまだ少ないと言ってよいでしょう。
シリコンバレーなどにおける起業成功者なども、起業に成功してから、事業を完全に売却(EXIT)して、その後、また自分で別な事業を行うというようなことも、頻繁に行われています。日本の起業家が自分の始めた事業を完全に売却してしまって、その後また新たに事業を始めるというような事例は、それほど多くはないでしょう。
日本とアメリカにおける、起業成功者のその後の方向性の違いというのは、国民性(メンタリティ)の違いというところにも関連していると思われます。たとえば、国の政治の最高権力者が、その職を退いてからのあり方、というのにもその違いを見て取れます。
日本の総理大臣経験者の多数は、その職を退いたあとも、「総理大臣経験者」として国会に残り、その後行われる国会議員選挙に何度も立候補しては当選し、「総理大臣経験者」の「影響力」を何年も行使しようとする傾向があります。
これに対して、アメリカの大統領経験者というのは、その後にどこかの選挙に立候補するというようなことはほとんどありません。その後は、政治の第一線からははなれ、別の場所で自分の活動を行っていくことになります。
起業に成功して、事業を大きくしていった場合にも、同様の傾向があるといえます。
日本人の場合には、「仕事」と「自分の人生」が密接に結びついていることが多いので、自分の事業の立ち上げに成功すると、その事業に対して非常に強い愛着・執着が発生して最後までその影響力を行使しようとする傾向が強くなります。
アメリカ人のメンタリティとしては、「自分らしい生き方をする」ために「事業は自分とは独立した存在である」という考え方が比較的一般的なため、自分が立ち上げた事業が大きく育ち、その後生活していくのに充分な金額で売却可能な状態になった場合には、それを売却するということも、それほど躊躇なく行われることが多くなります。
自分が始めた事業が売却可能なまでに成長したとして、それを実際に売却するか、自分で続けていくか、ということは事業を始めた個人の選択の問題ですので、どちらが正しいわけでも間違っているわけでもありません。ただし、事業とは、それをはじめた個人とは独立した存在であって、「顧客に対して価値を提供し続ける」ということでしか成立しないものです。「顧客に対して価値を提供する」という本来の原則から離れた、個人的な執着による判断というのは、事業にとっては好ましくないものであることを、起業家は常に認識しておく必要があるでしょう。