起業家は、ビジネスをスタートして、事業を「システム化」し「売却できるような状態」にすることを目指すべき、ということを述べてきましたが、機械を設計してそれを製造・販売するのとは違い、ビジネスとは人間によって形成されるものであるので、単なる論理的な組み合わせを行うだけではうまくいかないものです。
人間同士のつながりによって構成されるビジネスが効果的に発展するかは、そこに参加する人同士のコミュニケーションが非常に重要な役割を果たすことになります。そして、そのビジネスの中心で参加する起業家自身が、もっとも効果的にコミュニケーションができる人(The Most Effective Communicator)であることのほうが望ましいといえます。逆に、起業家自身が直接的な対人コミュニケーション能力が全く欠けているような場合には、ほとんどその成功はあり得ないといってもよいでしょう。
アメリカの起業家研修において、その講義が、片方向的な学校の授業のようなものではなく、双方向的なコミュニケーションをベースに行われることが多くなるのは、起業家自身が優れた対人コミュニケーション能力を持っていることが必要であるからといえるでしょう。また、起業家研修のトレーニングの中で、「エレベータピッチ」の練習が行われるのは、起業家の直接的な対人コミュニケーションが「効果的に」行われることも、重要な要素であるからです。
起業家は特に、様々なリソースが不足した状態から、ビジネスを立ち上げ発展させていかなければならないことが多いのですが、そのような状況では、そこにかかわるスタッフのモチベーションがその成功には大きく関わってきます。起業家自身は自分で動機付けできる人(Self-motivated)であることが多いものですが、それに関係するスタッフが、同様のモチベーションで事業に取り組めるかどうかは、起業家自身がどのようにその高いモチベーションを伝えることがどうかで決まることになります。従業員やスタッフとのコミュニケーションに限らず、起業家が始めた事業が大きく発展するかどうかは、顧客、取引先、投資家などの様々な利害関係者に対して、起業家自身がどのようなコミュニケーション能力を持って接し、周囲の人たちから愛される存在になっていけるかにかかっています。
起業家が困難や危機に直面した時ほど、起業家自身がどのような人物か、ということは非常に大事なこととなります。起業家が危機に直面した時、周囲から全く愛されていないような場合には、次々とスタッフや取引先は離れていくことになってしまいます。逆に、起業家がそれまでのコミュニケーションにおいて信頼され、愛されている場合には、スタッフや取引先は、協力して危機に立ち向かっていってもらえることになるでしょう。事業が危機的な状況での銀行の融資などの決定は、紙に書かれたビジネスプランそのものよりもその人間性が評価されることのほうが実際のビジネスの現場では多いのです。
起業家は、まず人間として、常に効果的なコミュニケーションを行っていく努力をすることが、極めて重要なことといえます。