第6章 知識よりも重要なメンタリティ・行動特性







 これまで、「ビジネスプランに含むべき内容」「事業を行う際に直面しやすい問題」などを議論してきましたが、起業家がビジネスをスタートする際に、こういった「知っておいたほうがよい知識」というのはたくさんありますが、「知識をため込むこと」だけで、ビジネスがスムースに立ち上がり、成功に結びつくということはありません。

 アメリカには、東海岸のハーバード大学や西海岸のスタンフォード大学など世界的に有名な大学はたくさんありますが、それらの大学を優秀な成績で卒業した人が起業したとしても、成功することが約束されているわけではありません。また、日本で入学するのが最も難しいのは東京大学ですが、東京大学を優秀な成績で卒業したからといって、その人が起業したら絶対に成功するというわけではありません。むしろ、大学に残って研究職を続けているタイプの人は、起業すべきでない性格の人のほうが多い、といったほうがよいかも知れません。

 近代のアメリカで有名な起業家として、エジソン、カーネギー、フォードといった人たちがいますが、これらの人々は「学歴」という観点でいえば、初等教育しか受けていなかったことが知られています。また、最近の有名な起業家でも、マイクロソフトの創業者のビルゲイツ氏や、アップルコンピューターの創業者のスティーブジョブズ氏は大学に入学はしたものの、正規に卒業はしていないということが知られています。

 つまり、成功するアントレプレナーとは、知識や学歴といった要素でのみ作られるものではないということが分かります。

 アメリカの起業家研修においても、

「何がアントレプレナーを作るのか?(What makes Entrepreneurs?)」

というような議論は様々なところでなされ、それに関しての論文も様々なものがあります。これについては、当然論理的に厳密な結論が出るようなものではありませんが、「アントレプレナー」としての成功は、「行動の蓄積」によってなされるものですので、その多くで述べられていることとして、

“「アントレプレナー」とは、「知識の蓄積」によってのみなされるのではなく、起業家自身の「メンタリティ(精神性)」や「行動特性」によるものが大きい“

というところに帰結するものが多いようです。

 第5章でも述べたように、事業を始めればいつもスムースにいくわけではなく、さまざまな困難にも直面することになり、それらに直面した際にどのようなメンタリティを持ちそして行動をするか、ということのほうが、物事を「単に知っている」ということよりも重要な要素となります。

 アメリカの起業家研修などでも、起業する前の人に対しての「メンタリティチェック」というようなことが行われることも少なくありません。この章では、アメリカの起業家研修などでよく言われる、成功するアントレプレナーの「メンタリティ」や「行動特性」について考えてみることにします。

 起業家がビジネスをする上で絶対に必要なのは「顧客」の存在です。事業は顧客からお金を受け取ることができるようになって初めて成立しますが、顧客が何の理由もなく自分に対してお金を支払うことはありません。顧客は自分が提供する「なんらかの価値」に対して合意の上でお金を支払うことになります。

 そのため、起業家は常に顧客に対して「価値の提案(Value Proposition)」を行っていかなければなりません。つまり、起業家は基本的な性質として、「価値の提案」に敏感であることがきわめて重要な要素となります。

 日本語では、お金儲けが非常に得意な人に対して「金の匂いに敏感」というような蔑んだ表現がなされることがありますが、このことに対して肯定的な言葉を用いるならば

「顧客が“お金を払ってもよい”と思うほどの具体的な価値の提案が得意」

ということになります。起業家が提案する価値に対して、顧客が合意に基づいて対価を支払ってくれる限りは、それは正当な取引ですから、それを繰り返してお金儲けをしていくことに全く問題はないのです。

 アメリカの起業家研修においては、これまでも何度も説明してきたとおり、そのほとんどのコースで必ず「エレベータピッチ」を作り、それを発表する練習をさせられるのですが、この「エレベータピッチ」こそが「価値の提案(Value Proposition)」のための、最も基本的なスキルとなります。

 起業家は、「エレベータでたまたま出会って数十秒しか話す時間がない人」や「サウナやプールで裸の状態で出会った人」に対しても、どんなチャンスが訪れた時にも、その体ひとつで最も効果的で具体的な「価値の提案」ができるべきなのです。

 「Value Proposition」という言葉は、アメリカの大学の起業家研修等で行われるビジネスプランコンテスト(コンペティション)や、実際の投資家向けのプレゼンテーションで、パワーポイントの資料のタイトルなどで非常によく見かける言葉です。起業家は、顧客や投資家に対して、積極的に「価値の提案」を行っていく存在でなければならないといえるでしょう。

 ある人が起業する場合の商品・サービスの選択において

「自分のやりたいこと」
「自分の得意なこと」
「自分の好きなこと」

というように「自分」を起点として考え、「価値の提案」を行ってみたところ、それが顧客に受け入れられることよって成立することもあるかもしれません。しかし、

「顧客が“お金を払ってもよい”と思うほどの具体的な価値」

というのは、そういった「自分」を起点としていないところに存在していることが多くあります。事業というのは、自分が行った「価値の提案」が顧客に受け入れられることがなければ成立しないものですので、最初の考え方の時点で、まず「自分」ではなく「顧客」を起点に考えていくということが重要なことといえるでしょう。

アメリカの起業家研修に限らず、自己啓発系の本やセミナーなどでも一様に求められることですが、起業家は、「前向き(Positive)」で「楽観的(Optimistic)」であることが求められることになります。

 起業家は顧客に対して「価値の提案」を行って、正当な対価を受け取っていく活動を行うのですが、顧客は「後ろ向き(negative)」なことや「悲観的(pessimistic)」になるような提案に対して「お金」という対価を自分から支払うことはありません。起業家が提供する商品やサービスが「自分に前向きな効果をもたらす(と期待できる)もの」である場合に、顧客はお金を支払うのです。そのため、その商品・サービスを提供する人や会社に対しても、前向きで好意的な印象の持てるところから選択することになります。

 また、顧客相手にだけでなく、株主、従業員などの様々な利害関係者(stakeholder)との関係性においても、起業家は前向きで楽天的な態度であることが求められます。

 起業家が多くの従業員を率いて事業を行っている場合に、従業員は「後ろ向き」で「悲観的」なことばかりを言うリーダーには心からの忠誠をつくすことはありません。

 また、投資家や銀行が「後ろ向き」で「悲観的な」事業に対して資金を提供することも絶対にありません。

 起業家が、ビジネスプランを描くということは、

「起業家とその周囲の利害関係者(投資家、取引先、従業員など)にとっての前向きで楽観的な未来を具体的に提示し、描いた未来に向け行動することを自分自身とその周囲に提案する」

ということです。

 ビジネスプランが、前向きで楽観的であればある程、周囲の利害関係者も多く引き込まれていくことになり、逆に、ビジネスプランが「後ろ向き」で「悲観的」というようなことは、絶対にありえない(あってはならない)ことといえます。

 起業家が前向きで楽観的でいるということは、特に事業がスムースに行っていない(計画通りに進んでいない)時に重要なことといえます。第5章でも説明したとおり、起業家が「ヒト、カネ、モノ」などのリソースが不足した状態から、事業を拡大していく過程においては、必ず、大きな困難や事業継続の危機とさえいえる状況になることがあり、そういった困難や危機が目の前に出現したときに、起業家が「前向き」な態度をとることができず、「後ろ向き」で「悲観的な」態度に終始してしまったのでは、その困難を乗り越えていくことができません。

 起業家は、顧客に対してだけでなく、従業員や投資家その他の様々な利害関係者などに対して、常に「前向き」で「楽観的」な未来という「価値の提案」をおこなっていくべき存在ともいえるでしょう。

 アメリカの起業家研修においては、「エレベーターピッチのトレーニング」や「マーケット分析の発表」「フォーマルなビジネスプランの発表の練習」などがインタラクティブに行われることが多くなりますが、その際、発表の途中で講師から内容について質問をされた受講者がうけた質問に対して反論的に回答をする際に、以下のようなことを注意されることがあります。

Don’t be argumentative.(論争的にはならないように)

 起業を予定している情熱や才能にあふれた人の中には、学歴なども非常に高く、論理的な思考に優れた人達もたくさんいます。事業を行っていく上では、論理的な思考に非常にすぐれていることが有利に働くことも多いものですが、論理的であることが全く効果的に働かず、むしろ逆効果として働いてしまうこともあります。

 それは、起業家自身が非常に論争的・議論好き(argumentative)な場合などです。

 起業家のこれまでの経験として、営業やマーケティングの分野でなく、技術系や間接部門での経験をもとに事業を始めるような場合には、どちらかといえばこういった傾向が強くなるといってよいでしょう。特に、高度な知的教育を受けた人たちによってビジネスが始められようとするとき、こういった「論争好きなメンバー」によって構成されることも多くなります。

 起業家が事業を行う場合には、これまでに述べてきたとおり、様々な利害関係者に対して「前向きな」「価値の提案」を行って、それを相手に受け入れてもらうことが必要です。しかし、議論好きな人がこれを行おうとするとき、「自分が正しいことを証明する」あるいは「相手を論破する」ことによって自分の提案を受け入れさせようとすることが頻繁に起こってしまいます。

 たとえば、見込み客に自分の商品・サービスの説明をする際に、購入を躊躇している場合などに、相手を「論破」しようとし始めてしまったり、チームのメンバーとその方針を決めようとする際に、「正しい方向性」についての議論がまとまらない、などといったことが起こったりします。その結果、「論破することには成功したけれども、提案は受け入れられない」ということを繰り返してしまいます。

 しかし、こういった形で導き出された「正しいこと」というのは、「(お金を支払うほどの)価値のあること」とは合致しないことが多くなってしまいます。

 ビジネスの世界とは、「どちらかが正しく、どちらかが間違っている」という勝ち負け(Win-lose)の決着をつけるための場所ではなく、「前向きな価値の提案を行い、それを前向きに受け入れてもらう」ための場所である、といえます。

 その意味では、起業家が提案する「価値」は、常にWin-Winの関係性を前提とした、非常に分かりやすいものである必要があります。もし、自分が行った提案が相手に受け入れられない場合は、その相手と論争を行うのではなく「提案内容・仕方が不十分」「提案する相手が間違っている」といった前提で修正作業を行っていくべきといえるでしょう。

 ある人がビジネスをスタートさせる時、

「自分ができること」
「自分がやりたいこと」
「自分が好きなこと」
「儲かること」

ということなど起点に、商品・サービスが決定されることが多くなりますが、このとき、そのビジネスの対象となる

「顧客が好きか?(好きになれるか?)」

は考慮されることが少ない項目といえるかも知れません。しかし、このことを考慮することは事業を継続的に発展させて行くためには、非常に重要なことといえます。

 ビジネスをスタートさせ、それを安定したものにしていくためには、自分から何度も商品・サービスを購入してもらえる「お得意様(クライアント:Client)」が増えていくことが望ましいといえます。事業が、そのような状態に発展するためには、起業家は顧客に対して高いレベルの「価値の提案(Value Proposition)」を行い続けながら、お互いが好意的で良好な関係を築いてある必要があります。

 顧客との関係が良好で「お得意様(Client)」と呼べる人の数が多ければ多いほど、顧客とのコミュニケーションが増えることになり、結果として顧客に対して「提案すべき価値」がより具体的に分かりやすいものとなります。そして、事業としての好循環が発生することになります。

 起業家が「自分ができること」「自分のやりたいこと」「自分の好きなこと」など「自分」を起点として市場に参入した場合、実際に顧客と接した際、実は「顧客は好きではない(好きになれない)」ということが起こってしまうことも多くなります。このような場合、起業家が基本的な性質として必要な「価値の提案」のためのモチベーションが続かず、その結果事業の発展にもつながらないということになります。

 また、起業家が参入する市場を決める際、「儲かる市場(お金になるから)」という観点からのみで参入すると、起業家はその市場の「顧客」が好きなのではなく、「顧客のお金」が好きなだけの場合も多くあります。このような場合、起業家から顧客に対して「提案される価値」が、顧客にとってのメリットが少ないものとなりやすく、顧客からの信頼が得られにくくなります。その結果、事業としての発展性も乏しいものとなってしまいます。

 どこの市場にも、不当に値切を要求したり、執拗なクレームをつけたりする「好ましくない顧客」というのも数多く存在し、そういった顧客に起業家は頻繁に出くわしてしまいます。しかし、顧客をよく観察し、彼らに対してどのような「前向きな提案」をすべきか、を常に考えて実行することで、そういった機会を減らすことができるようになります。

 起業家がその初期の段階では、「顧客」そのものが存在していないことも多く、「顧客を好きか?(好きになれるか?)」ということ自体が判然としないものであることもありますが、その市場を常によく観察し、それによって「顧客が好きになれるような提案」を継続的に行っていくことは、重要なことといえます。

 起業家は顧客に対して、常に「前向きな価値の提案」を行いながら、事業を行っていくことになります。そして、起業家が行う「価値の提案」を受け入れるかどうかは、提案された顧客の側が決定することになります。

 あるタイミングで起業家が顧客に対して行った「価値の提案」が広く受け入れられ、ビジネスが順調に立ち上がったとしても、その状態が未来永劫続くとは限りません。むしろ、その状態は将来的には必ず変化して行くもの、と考えたほうがよいでしょう。なぜなら、顧客が「お金を出してもよいほどの価値」と感じること(価値観)は常に変化を繰り返すものだからです。

 社会の中での人々の価値観の変化は、近年になって特に激しくなってきているといわれています。世の東西を問わず世間で発生する「流行」や「ブーム」は、あるタイミングで急激な盛り上がりを見せると同時に、そのライフサイクルは非常に短くなり、急速に収束しやすくなっています。

 提供される商品・サービスが「キャラクター」や「デザイン」「コンセプト」のような目に見えない情報的な付加価値によって、「流行」や「ブーム」が発生している場合には、特にその傾向が強くなるといってよいでしょう。

 市場の中の顧客に対して、「前向きな価値の提案」を行っていかなければならない起業家も、その極めて速い価値観の変化に対応していかなくてはならない存在といえます。しかし、市場の中でその時々で発生する「流行」や「ブーム」に対してのみ、「価値の提案」を行っていくことは、起業家にとっても非常にリスクも多いため、避けるべき態度であるといえます。

 近年における価値観の変化は様々な分野で速度を上げ、急速なものになりつつありますが、それでも世の中の価値観には「変化しやすい(棄損しやすい)価値観」ばかりではなく「本質的に変化しにくい(棄損しにくい)価値観」というものも数多く存在します。起業家が事業を行う際には、従業員や株主など継続的な関係性を維持していかなければならない利害関係者というのも数多く存在するので、そういった「本質的に変化しにくい価値観」に基づいた安定的・継続的な収益を期待できる事業を行っていくべきといえます。

 しかし、そのような事業は、あるタイミングで「流行」や「ブーム」にのった商品サービスが世間に受け入れられると、それらに比べると収益効率が極めて低いことが多いため、意図的に切り捨てられるなどしてしまうことがあります。その後、急速に「流行」や「ブーム」によって生み出された付加価値が棄損してしまったときに、結局起業家にはなにも残らないということも起こってしまいます。

 起業家は、当然に市場の変化に対応した「価値の提案」を常に行っていかなければならない存在ではありますが、それと同時に「本質的な価値」を見失わないということが必要になります。

ここで唐突ですが、
「ビジネスをスタートするのによい時期とは、好況の時でしょうか?不況の時でしょうか?」
という質問をされたとき、あなた自身はどのように答えるでしょうか?

 一般的な心理としては、ビジネスとは好況の時期の中で行いたいものですし、不況期における世間的な消費マインドが冷めてしまっている状況で、「起業をする」というリスクの高いアクションを起こすことはほとんど自殺行為と考える人のほうが多いといえます。

 しかし、世間の景気がよい時期であっても、悪い時期であっても、起業家がビジネスを行う上でのメリット・デメリットというのはそれぞれに発生することになります。むしろ、新規に市場に参入する起業家にとっては、不況期のほうが様々なメリットが得やすい時期とさえいます。たとえば、不況期において起業家がビジネスを開始した場合に、考えられるメリットには以下のようなものがあります。

・人材確保が容易である
 不況期の人材マーケットでは失業率も高いため、優秀な技能(起業家が求める技能)を持った人が見つかりやすい時期といえます。雇用賃金も世間的な相場が下がっているので、適正な賃金での採用がしやすい時期といえます。

・金利が安い
 ビジネスプランがしっかりとしたものであり、金融機関に融資を依頼しても認可してもらえるようなものである場合は、低金利で資金の調達が可能になります。

・仕入れが安い
 世間全体の消費マインドが冷え込んでいる時期には、在庫処分に困っている会社なども多くなるため、必要な機材・材料などがたたき売りともいえる状況で売り出されることが多くなります。

・競合価格の優位性
 起業家が新規に市場に参入するような場合に、既存の他者が好況期につけた価格・値段は、既存客との関係などから、世間の消費マインドが冷えているにも関わらず、下げにくい状況になっていることが多くなります。他社の値段が「高とまり」している時期には、起業家が十分に利益を出せる価格で参入することでメリットを出すことができるようになります。

・政府などからの助成金
 不況下の経済状況では、多くの国や自治体が中小企業支援や雇用対策、新規産業・創業支援等の政策を立てることが多なります。そのような場合に、起業家が適切なビジネスプランのプレゼンテーションを行うことによって、返済の義務のない助成金を得たりするなどして、有利に事業を展開することができるようになります。

・広告宣伝費が安い、枠が空いている
 起業家がビジネスを始めて、顧客に対してのマーケティングのテストを行おうと考えるとき、景気がよい時期には効果が高いと考えられる媒体は広告費が非常に高い上に、それを申し込んだとしても枠が完全に埋まってしまっていて広告が打ちにくい状況であることが多くなります。不況の時期に、大手企業などが真っ先に削ろうとするのは効果の分かりにくい広告費であるため、適正な価格で広告テストを打てるようになります。

・顧客が少なく、考えるためのまとまった時間が多い
 起業家(経営者)の仕事というは「頭を使って考えること」です。景気のいい時というは往々にして、誰もが非常に忙しく自分の体を使って働くことで様々な顧客からの要望にこたえていく必要が出てくるものですが、不況期においては顧客が少ないため、自分の頭を使って考える時間が多くなります。

 一般的には「世間が不況の時期には起業など行うべきではない」と考えられていますが、実際には不況の時期にはこのような「起業家にとってのメリット」と呼べる事柄がさまざまに発生していることが分かります。

 それでは、不況の時期にはこれほど「起業家にとってのメリット」がたいへん多いにもかかわらず、一般的には「起業はすべきではない」とされているのでしょうか?

 それは、「消費マインドが冷えているため売り上げが上がりにくい」からです。

 確かに、景気が好況の時期には、世間の消費意欲も旺盛ですので、起業家が事業に参入した際にも簡単に売上が上がりやすい時期といえます。反面、好況時には景気の悪い時期には起業家にとってのメリットとなる、先にあげたような要因すべてがことごとく不利に働くため、収益性の悪いビジネスとなりやすくなります。

 この章では何度も述べてきているように、起業家は顧客に対して「価値の提案」を常に行っていかなければならない存在なのですが、顧客の側の心理として「お金を払ってもよいほどの価値」というのは、常に変化していくことになります。

 世の中が好況な時期というのは、世間の人たちの消費マインドが弛んでいるので「本質的に価値のあるもの」だけではなく、「本質的に価値の低いもの」「本質的に価値があるのかどうか分からないもの」「世間で価値があるといわれているもの」といったものに対して、お金もたくさん支払われることになります。

 逆に、世の中が不景気な時期には、人々の消費に対しての意欲は極めて減退しますが、それでも全く消費が行われなくなってしまうわけではありません。世の中が不景気な時期には、「本質的に価値のあるもの」に対してのみ、人々はお金を支払いたいと考えるようになります。そして、好況の際に多く支払われていた、「本質的な価値のないもの」や「自分には価値があるかどうかが分からないもの」などといったものへの支出が見直され、見送られていくことになります。

 世の中が「好況」から「不況」に入る時期というのは、世の中の「本質的に価値があるもの」の変化が急速に起こる時期で、これまでに発生していた「本質的な価値のないこと」の見直し、リストラが発生する時期といえます。

 起業家が新たにビジネスに参入する際、起業家が行おうとする「価値の提案」がこれからの顧客(市場)にとって「本質的に価値のあること」である場合には、「不況」の時期のほうが、先に述べたように起業家にとってのメリットが発生しやすくなります。

 逆に、起業家がこれから行おうとする「価値の提案」が、顧客にとって「本質的に価値が低いこと」で、景気のよい時期でないと「お金を払って買ってもらえないもの」の場合は、好況の時期に参入しなければなりません。しかし、そのような「本質的な価値の低いもの」というのは、景気の循環で必ず現れる「不況」の時期においては、誰からも買ってもらえなくなってしまいます。好況を前提としたビジネスは、不況でつぶれてしまうのです。

 つまり、起業家が継続的に存続するビジネスを成功させるためには、「本質的に価値のある提案」行いながら、「不況」の時期にこそ始めるべきといえます。
 
 「起業家が”不況”の時期にビジネスを始めるべき」ということについては、歴史的にも多くの実例が示されています。簡単に例をあげると、次のようなものがあります。

 アメリカにおいては、1980年代の後半から1990年代前半には、深刻な国内的な不況の時期にありましたが、それを好転させたのはいわゆる「シリコンバレー」を中心とした、情報産業による新たな価値観の創出であって、そのようなタイミングで事業を開始した「ネットベンチャー」によって、様々な起業成功者(アントレプレナー)が誕生しています。

 日本においても、太平洋戦争が終わって、国土が焼け野原になってしまった「不況」というよりは「恐慌」に近い状態から、事業を開始して、世の中に対して「価値のある提案」を絶えず行っていった人のなかから、「偉大な起業家」と呼べる人々が誕生しています。

 最近では、「100年に1度の世界的な不況」と呼ばれるほどの状況にあるといわれていますが、そのような中でも、日本国内の有名な衣料品販売チェーンや、外食チェーンなどの一部「アントレプレナー的な」「本質的な価値を提案している」企業においては、過去最大の収益を発表している会社はあります。
 
 起業家が事業に参入する際には、「本質的な価値の提案」がなされる限りは、どんな時期に参入してもよいのですが、「本質的な価値」というのは、世の中の景気が冷めきってしまっている不況の状況で明確になりやすく、また起業家にとっては不況時のほうが様々な参入メリットが発生することになります。

 そのため、できるならば起業は「不況下でこそ」始めたほうがよいといえます。

「起業家は不況の時にこそビジネスを始めるべき」
ということが、理屈の上では分かっていたとしても、実際の環境の中ではなかなか実際には前向きな行動は起こしにくいものです。

 不況の時期には、新聞やテレビなどのマスメディアは連日「不況、不況」という景気の悪い話題しか取り上げず、自分の知り合いなどから直接話を聞いても、世間全体の景気の悪さが影響して、気分を高揚させてくれるような話は出てこない場合がほとんどになります。

 不景気の際には、顧客の購買意欲が非常に極めて低くなってしまっているため、起業家が顧客に対して様々な「価値の提案」を行っても、顧客にとって
 「お金を出して買うほどの本当に本質的な価値」
と呼べるまでに完成度が上がっていない場合には、受け入れられにくい状況になります。そのような状況では、ほとんどの人は自分の仕事に対しての動機付けが難しくなるものです。

 しかし、先に述べた「いつも前向きで、楽観的であること」とも非常に強く関連しますが、「起業をして事業を成功させたい」と考えている人のやる気や動機付けが、他人や世の中の景気の状況によって完全に左右されてしまうようでは、その事業の成功は難しいといえます。

 そのため、起業家はどのような場合においても、起業家は自分から動機付けを行う(self-motivated)な人でなければならないといえます。

 日本では、大企業の正社員として入社すれば、ほぼ全員の終身雇用が確保される雇用形態となっていたり、政府が提供する社会保障制度もアメリカや発展途上国などと比べればはるかに充実した制度となっていたりすることもあり、「何か大きいものに助けてもらう」というような考え方となっている人が多いということは言えるでしょう。

 しかし、近年の社会では、その価値観の変化は著しく、絶対につぶれないだろうと考えられていた大企業があっさりと倒産をしてしまったり、政府が運営管理している年金制度の自体の信頼が揺らいだりしているため、「何か大きいものに助けてもらう」ということが全く期待できない状態になる可能性は高くあります。

 日本では「困ったときの神頼み」というような言葉もありますが、英語では

God helps those who help themselves(天は自ら助くる者を助く)

という言葉でも知られるように、神頼みをしても「自分で何とかしなさい」と言われてしまうことになります。特にアメリカにおいては、他人に何かをたのもうとすると

Do it yourself. It’s America(自分で何とかしろ。それがアメリカだ)

と起業家でなくてもいわれてしまうのです。

 起業家として事業を成功に導きたいと考える場合には、「自分で動機づけ」し「自分で何とかする」というメンタリティを持つことが、根本的な態度として必要なことといえます。

 人間として社会で生活していくためには、基本的には誰にでも必要なことではありますが、起業家は「正直」で「誠実」であることが特に必要になります。起業家が事業をスタートすると多様な利害関係者との関係性が発生し、様々な困難や危機が起こりやすくなりますが、そのすべての場面において「正直」で「誠実」であることが求められることになります。

 起業家がビジネスをスタートさせるためには、「顧客を獲得する」ということが絶対に必要になりますが、実際のビジネスの現場においては、事業プロセスの最も基本的な「顧客を獲得する」段階において「虚偽」や「不誠実」な対応が行われることが頻繁に起こることになります。たとえば、

・商品・サービスの表示に虚偽がある(産地、造年月日、商品スペックなど)
・商品・サービスに何らかの重大な欠陥があるにも関わらず公表しない
・自社の情報が正確に顧客に伝えていない
・商品・サービスを販売する資格がないにも関わらず、取り扱っている

などです。

 目先の短期的な利益の獲得のために、このようなことを事業がスタートする初期の段階から「虚偽」や「不誠実」を行ってしまうと、事業を行っている間は常に、それを隠し続けるための「不誠実」を続けなくてはならなくなります。ほどなくして、それが判明してしまうと、顧客からの信頼を一気に失い、事業が存続できなくなるほどのダメージを受けることになります。顧客に対する「虚偽」や「不誠実」が原因で、企業が倒産してしまう例は、最近では日本の食品業界などで頻繁に起こっています。

 また、比較的大きく発展した事業において、資金繰りに悪化するなど、財務的な問題が発生している場合などにも、起業家が銀行や投資家などに対して「虚偽」や「不誠実」を行ってしまうことも多くなります。

 たとえば、年次の決算の報告書に虚偽の記載をすることによって、「追加の融資を申請する」「自社の株価を吊り上げる」などといった行為がおこなわれることになります。こういったことが判明した場合にも、その起業は倒産に追い込まれることになります。アメリカにおける有名な例では、ワールドコム、エンロンといった巨大企業の粉飾決算による倒産などがあります。

 事業を継続していく上で「赤字」や「大きな債務」は事業が倒産に追い込まれる決定的な要素にはなりませんが、「虚偽」や「不誠実」が判明した場合の「社会的な信用の失墜」は、それだけで決定的なダメージをもたらすことになります。このような形で倒産に追い込まれる場合、自分だけでなく周囲に与える負の影響も非常に大きなものになります。

 そのため、起業家は事業を行う最初の段階から、すべての利害関係者に対して、すべてのタイミングで「正直」で「誠実」であることが必要なこととなります。

 起業家が「虚偽」や「不誠実なこと」を行ってしまいやすいのは、事業上で何かしらの困難や危機が発生するときです。起業家が困難や危機に直面してしまった際に、「正直さ」や「誠実さ」を失ってしまいやすいのは、起業家が自分自身への利得への関心のみが強く、社会的な責任感や使命感が希薄であることが原因として挙げられます。

 事業を始めたばかりの起業家の場合、事業の立ち上がりの段階では、その収益性さえ確保できない場合も多くなります。そのような場合、自分の目の前にある仕事に追われることが多く、抽象的な議論による「自分の社会的な責任感」や「使命感」を考える、ということは難しいといえるかも知れません。

 しかし、事業がたちあがって、顧客、従業員、出資者等の利害関係者が増えてくれば、その事業を行うことによる社会性は否応なく広がってくるものであり、また広い社会的な視野による使命感があるほうが事業の目標や方向性も定め安くなるため、起業家は事業を開始する段階からその使命感というのを持っておいたほうがよいといえるでしょう。

 起業家に限らず、誰もが知っている大企業などにおいても、自己の経済的利得を最大化するために、社会的な貢献の意識がきわめて希薄な行動をとり、社会問題化することも多いため、近年では

「企業の社会的責任(CSR : Corporate Social Responsibility)」

ということが声高に叫ばれるようになってきています。世界的に有名な企業においては、そのホームページなどでCSRのコーナーを設置し、積極的にアピールされるようになってきています。

 ただ、このような「企業の社会的責任」をアピールするグループや団体の一部においては、自分たちが行っている社会福祉などの活動こそが「社会的な責任を果たす活動」であると主張し、通常の経済活動によって大きな利益を上げている企業などに対しては

「金を儲けること=悪いこと」

というような論理的な枠組みで、企業の経済活動を非難するようなこともあります。しかし、これは実際には正しくありません。

 起業家が行う社会的な貢献の活動というのは、まずは通常の商取引という経済活動をベースに行われることになります。起業家が通常の経済活動を通じて、「顧客にとって価値のある商品・サービスを提供」し、その活動の中で「従業員を雇用し生活のための収入源を提供する」といった経済活動は、最も基本的な社会的な貢献活動といえます。また、福祉活動などに対して行政などから提供される資金も、もとをたどれば通常の経済活動を行った上であがった利益から税金や寄付などの形で徴収され、配分されているのです。

 起業家の最も基本的な社会貢献活動とは、顧客に対して「具体的な」「価値の提案」を行い、それが受け入れられる、という一般的な商取引の中にあります。起業家はこのような具体的な経済活動を誠実に行った上で、その活動を通じてさらに社会的な広がりを持った使命感を持つということが必要であるといえます。

 最近では、経営やマーケティングなどに関しての情報はいろいろな媒体から入手できる状態となっています。特にインターネットの出現によって、その環境は大きく変わりつつあります。インターネットで得られる情報の中には、10数年ほど前には考えることもできなかったような、

「超有名大学のMBAで教えられるような専門知識」や
「高額なセミナーでのみ公開されていた情報」

などが非常に安価で簡単に入手できるようになっています。

 しかし、インターネットなどによって情報収集の手段が発達したからといって、そこで得られる情報が起業家にとって有益であるとは限りません。起業家が行う事業にとって「最も有益な情報」というのは、他者が収集した「二次情報」の中にではなく、自分自身で顧客や市場と直接的に接することによって得られる「一次情報」の中にあることのほうが圧倒的に多いからです。

 そのため、アメリカの起業家研修においては、その中でのマーケティングリサーチのなどの講義では、必ず一次情報を自分で取得(プライマリーリサーチを実施)する課題が出されることが多くなります。起業家自身がおこなうプライマリーリサーチによって「参入しようとしている市場の具体的な見込み客と想定される人」に直接接触して、「提供しようとしている商品・サービス」に対して「どのような印象を持つか?」、「本当に買うか?」という情報を実際に収集し、行おうとするビジネスが成功するかの確証を得ていくことになります。もし、そのプライマリーリサーチを行ってみて、本当にうまくいくという感触が得られるのであれば、すぐに起業を実行に移すことになります。

 インターネット上でGoogle やYahoo!などの検索などによって集められる情報には、有益な情報も多いものですが、誰が書いたかもわからない匿名の意見なども多いため、いかに内容に説得力のあるものであったとしても、そういった出どころの分からない情報のみを信用して事業を行うということは、非常に危険なことといえます。

 起業家は知識として理論や情報を蓄積するだけでは、事業の立ち上げに成功することはありません。それを基にした「決断」「行動」が伴って初めて成功することになります。事業を行う以前の調査の段階から、自分で直接的な行動することなく、二次情報のみでの情報収集を行ったのでは、多くの場合には「決断・実行のための情報」とはなりにくく、ほとんど有意義なものとはならないのです。

 また、「情報の収集」や「行動」には、そのタイミングも非常に重要です。市場の価値観がきわめて速く変化する昨今の状況においては、あるタイミングで実施したプライマリーリサーチの結果が良好なものであって、市場も大きいものであろうと確認が取れたとしても、それをすぐに実行に移さず、あとになってその市場に参入しようと考えたとしても、その際には、全く状況が変わってしまっていて、全くうまくいかない可能性のほうが高くなります。

 そのため、起業家は、自分で情報を集め、すぐに決断し、実行に移す人であることが重要であるといえます。

 起業家は、ビジネスをスタートした直後から、さまざまな決断を自分で行わなくてはならなくなります。そして、その決断の結果、発生する事柄についての全責任を背負うことになります。

 しかし、特に「困難」や「危機」に直面したときなどには、なかなか「決断」自体が行えないということが起こりやすくなります。起業家が、さまざまな状況の中で「決断が行えない理由」にはたとえば以下のような理由があります。

・決断の結果に責任を持ちたくない
・決断した実行した結果の、「うまくいった場合の成果」や「うまくいかなかった場合のリスク」が想定できない

 起業家は、事業を行う上でのすべての責任を引き受けていかなければならない存在ですので、自分が前者のような「決断の結果に責任を持ちたくない」タイプの人であれば、起業自体を行わないほうがよいといえるでしょう。

 また、後者のような「うまくいった場合の成果」や「うまくいかなかった場合のリスク」が想定できないのは「自分で直接情報を収集していない」ということに起因していることが多くなります。

 「決断」をするための「情報収集を全く行っていない」場合には、当然決断はできません。また、マスコミやインターネットなどの二次情報などによって情報収集が行われてしまうと、その情報の確度が非常に低いものになってしまいがちなため、想定される結果の確度も漠然としてものになってしまいます。確度の高い決断をするためにも、起業家は自分自身で常に一次情報を収集し、その上で決断・実行していくべきであるといえます。

 起業家は「リスクをとる人」ではあっても、「リスクを考えない人」や「ギャンブラー」ではあってはなりません。起業家はビジネスを行う限りは、破たんさせうるリスク要因をすべて排除し、「絶対につぶさない」ということが最低条件になります。そのためにも、常に「自分自身で情報収集する」ことは必要なことといえます。

 逆に「自分で情報収集」した結果、「実行することのリスクが少なく(とれる範囲内で)」「やる価値が高い」というような状況にあるにも関わらず、「リスクが少しでもある」ことを恐れてしまい、決断が行えないというケースがあります。

 しかし、「実行するリスクが全くない」ものには通常はたくさんの人が参入してくるため、期待できる成果がきわめて小さいものとなります。このような決断が繰り返される場合には、ビジネスが常に「現状維持」以下にとどまってしまうことになります。しかし、変化の激しい現在のビジネス環境では、新たな決断を行わない場合は、ビジネスは後退してしまうことが多くなります。

 起業家は「リスクを常にしっかりと考える人」である上で、「リスクがとりうる範囲内」であり、しかも「やる価値が非常に高い」と思われる場合には、「リスクを取って」それにチャレンジしていくべき存在といえるでしょう。

 起業家は、ビジネスをスタートさせた直後の段階では、「ヒト、カネ、モノ」などのリソースが一般的には少ない状況にあり、さまざまな仕事を自分自身でこなしていかなければならなくなります。また、事業を行っていく中では、いくつもの困難や危機に直面することもあり、非常に難しい決断を迫られることも多くなります。

 そのような環境の中で、適切にビジネスを運営していくためにも、起業家は体力的にも、精神的にも健康でタフであることが必要です。そして、起業家が体力的にも精神的にも健康でタフでいられるかどうか、というのは、起業家自身がどのように事業に関わり自己管理を行っていくかということに左右されます

 起業直後の時期においては、起業家自身が様々なことに対して時間的な拘束をされるなどして、「自分の体を使って」忙しくなるのは、半ばやむをえないことといえます。しかし、起業家(経営者)の本来的な仕事は「頭を使って」仕事をすることです。日常の業務の様々な事柄に自分の体を拘束され、頭を使って考える時間がない状況になってしまうのは、本末転倒といえます。

 日米を問わず、大多数のスモールビジネスにおいては、経営者自身が、経営やビジネスの方向性には「全く頭を使うことなく」、顧客に対しての商品・サービスの提供に関しては「自分の体をフルに使って」専門職的なプロセスによってビジネスを行っています。

 起業家がビジネスをスタートさせた当初の段階から、自分の頭を使わず、体を使って仕事をすることが習慣化してしまうと、その後も半永久的にその状態にとどまってしまうことになります。

 経営やビジネスの方向性について「全く頭を使うことなく」「自分の体はフルに使って」仕事をしている状態であると、事業自体にも計画性がないため、困難や危機に直面する確率も高くなります。そして、起業家は精神的にも体力的にも厳しい状態を何度も繰り返してしまい、結果として、行っているビジネスの質も安定しないことになります。

 顧客に対しての使命感が極めて強い人たちの場合、顧客からの緊急の要望が発生するたびに、「顧客のために」「自分のリソースを犠牲にして」しっかりとしたサービス提供を懸命に行おうとします。特に、日本においては、「滅私奉公」というような言葉もあるため、このような態度が一般的には美徳とされ評価されやすい傾向にあります。

 しかし、事業というのは「顧客のためだけ」にあるものではありません。「株主」「経営者」「従業員」「取引先」などのためにも存在しています。その中心で継続的に存在すべき起業家自身の健康状態が安定しないような仕事の仕方は、本来的な起業家の仕事を怠っているとさえいるのです。

 そのため、起業家は、自分自身の健康管理においても、常に頭を使いながら、時には効果的に休みを取りながら、計画的に健康でタフでいられる状態を維持する必要があります。

 起業家がビジネスをスタートして、最終的に失敗となるのは、起業家自身が、自分の行ってきたことを「失敗」と定義して、前向きな活動をやめてしまうときです。世の中の「成功した起業家」と呼ばれる人たちの中には、事業がうまくいかないことを何度も経験して「会社をつぶしてしまった」「大きな借金を抱えてしまった」という一時的な状態を経験した人たちもたくさんいます。

 「失敗」にまつわる言及で、アメリカでも日本でもよく引用されるものとして次のようなものがあります。

 アメリカの大発明家として知られるエジソンが、実用的なフィラメント電球を誕生させるまでに、1万回とも言われる実験の失敗を繰り返したことについて聞かれたとき

「私は実験において一度たりとも失敗はしていない。これでは電球は光らないという発見をいままでに、何度もしてきたのだ。」

と答えたとされています。起業家が事業を行う上でも、同様のメンタリティを持って事業を進めていくべきといえるでしょう。

 起業家は、常に前向きに「価値の提案」行っていかなければならない存在ですが、社会的な信用度が低い段階の起業家が行う「価値の提案」は簡単には受け入れられないことのほうが多いものです。

 自分が非常に素晴らしいと思うビジネスアイデアを思いついた時、それが本当に社会に受け入れられて大きく展開できるようになるためには、ビジネスプランの作成の章でも述べてきたように、

商品・サービスの開発、品質の改善
適切な参入市場の選択
顧客に対してのメッセージの伝え方の工夫
事業資金の確保 

など、様々なことを一つ一つクリアしていかなければなりません。これらのことが、すべて最初から一度で簡単に成功するということは絶対にありえないといってよいでしょう。

 そのため、さまざまなところで発生する小さな「失敗」と思われることに対して、それを深刻なものとしてとらえるのではなく、それを「うまくいかないデータ」としてとらえて、そのデータの蓄積を基にうまくいくための方法をあきらめずに探っていくことになります。

 起業家が目の前の小さな失敗に対して、あきらめてしまいやすいのは、ここでも自分が行おうとしている事業に関しての「社会的な使命感」や「モチベーション」が低いことが関連しています。そのため、起業家がビジネスを選択する際には自分のモチベーションを維持したまま、あきらめずに行うことができる事業を選択するべきといえるでしょう。

 自分で起業をして、ビジネスを立ち上げることができる能力のある人は、自分でもその高い能力を自覚しながら事業を行っていくことが多くなりますが、逆に能力が高いがゆえに陥りやすいことがあります。それは、「周囲の人間の能力が低い」と感じやすく、そのために他者を信用することができず、役割や権限が移譲できないという問題です。

 起業家が自分自身のビジネスアイデアで起業した場合、
「提供する商品・サービスに関しての知識や経験」
「顧客に対しての接客態度・方法」
「事業に対するモチベーション」

などは、最初の段階では当然それを始めた起業家自身が一番高いことになりますが、周囲の人間がそれと同じ水準になっていないことについて強い不満を抱くようになってしまします

 周囲の人間が自分の期待する水準に達していない場合に、信用して重要な機能を委任することができず、結果として全部を自分でやらなければ気が済まないというようなことも起こってしまします。これはそれほど一般的に使われる言葉ではありませんが、アメリカの起業関連の文献などではこういったことを

Do It Yourself Syndrome(自分でやらなければ気が済まない症候群)

と呼んでいるものもあります。特に最近ではプログラマーなどの知的な部分が大きい職種において、そういったことが多く起こることが多いようです。

 しかし、起業家が大きな成果を上げようとする際に、起業家個人の能力に依存した形で事業が行われている限りは、その発展性も非常に乏しいものになりがちです。ここでも前半の章で議論したとおり、「専門職的なプロセス」で事業を行っていくと、それがために発生しやすい問題も多く、その問題を解決することがメインの仕事になりがちになってしまします。そのため、起業家は「アントレプレナー的なプロセス」で事業を発展させていくためにも、周囲を信用して役割を委譲していく、ということが必要になります。

 「自分は有能だ」と考えている起業家が、周囲を信用して役割を委譲していくことができないときに言われることとして、「周囲に優秀な人がいない」「優秀な人間が集まらない」などということがあります。しかし、周囲がそのような状況から全く進歩しないのは、ほとんどの場合、起業家自身に問題があるといってよいでしょう。

 「周囲に優秀な人がいない」のは、起業家自身が優秀な人に育てる仕組みを作ろうとしていないことが問題です。また、起業家が行っている事業に「優秀な人間が集まらない」のは、起業家が行っている事業が魅力的な事業ではなかったり、「来てほしい人」の具体的な提示をしていなかったり、「優秀な人」に対しての報酬を不当に安くしようとしていたりするからです。

 周囲の人間の能力が低いままで、信用して役割が移譲できない場合、それはすべて起業家自身の責任といえるのです。

 起業家は、その初期の段階では、「ヒト、カネ、モノ」などの様々なリソースが一般的には不足した状況ですので、新たに市場に参入していくためには、何らかのニッチな分野に特化してビジネスを行っていくということが有効な戦略となります。

 しかし、起業家があるニッチな得意分野に特化して事業を行っているということは、逆にいえば「不得意分野」もたくさんあるということになります。起業家がそういった「不得意分野」に対して積極的に参入していこうとする態度も時には必要なことではありますが、リソースが限られた起業家にとっては、すべての場合でそのような戦略をとるわけにはいきません。

 高度に知的な専門化が進み始めている近年のビジネス環境においては、ある特定の人や会社が、さまざまな専門知識のすべてを自分で記憶してビジネスに活用していくということが非常に難しくなっています。その反面、専門的な知識や必要な機能だけを提供するビジネスは様々な場所で行われるようになっています。そういったビジネス環境において重要となる考え方が、自社とは得意分野が異なる他者との「提携(アライアンス)」となります。

 事業を行う上での提携(アライアンス)関係には様々な関係性がありますが、たとえば以下のようなものがあります。

・個別の仕入れでは高くなるため、いくつかの会社が提携して一括で仕入れを行う
・お互い近い業種で、苦手な技術分野を補いながら技術開発を行う
・全くの異業種だが、顧客サービスのためのポイント制度を統一する

このように、効果的な提携関係を結ぶことで、お互いの得意分野でお互いの不得意分野を補いあいながら有利にビジネスを進めていくことが可能になります。

 ビジネスにおける提携は、同業者同士で提携を行おうとする場合には特に、単なる業務提携にとどまらず資本の提携を伴うものであることも多くなります。提携関係が資本提携を伴うような場合には、その先の将来に企業の「吸収」や「合併」というようなことも視野に入れて行われることが多くなります。

 事業を行っていく上で、特定の分野に特化した強みを持ってやっていくということも非常に重要なことではありますが、ビジネス環境が変化しやすい状況においては、ある得意分野だけでの展開では、効率が悪すぎたり、リスクが大きすぎたりする場合もあります。そのような場合には、自分自身で単体の事業としてやっていくのではなく、より大きな視野にたった他者との提携関係を模索しながら、ビジネスを行っていくということが重要となります。(もちろん、提携によっては、「全く効果がない」「自社のノウハウが盗まれる」というようなリスクも当然に発生しうるものです。)

 起業家は、すべてを自分でやるのではなく、他者との効果的な関係を常に模索しながらビジネスを行っていくべきといえるでしょう。

 起業家が、社会に対して素晴らしい価値をもたらすと思われるアイデアを思いついた時、現状ではさまざまな制限があって、それを実現するのが難しいと感じることがあります。

 たとえば、何か物を製造して販売するようなビジネスを思いついたとして、それを本当に実行に移すためには、「生産設備を用意」、「原材料の確保」、「製造」などの様々なプロセスが必要になりますが、その方法が全く思いつかないなどという場合です。

 しかし、起業家の考え方として、「今現在自分にないもの」に着目して、それがないことを理由にその実行をあきらめるのではなく、「どうやったらできるのか?」ということについて考え、実行に移すことがより重要になります。

 ただ、あるビジネスアイデアを思いつき、それを実行に移す際には、多かれ少なかれリスクを伴うものであるので、そこについては極めて注意深く検討されていく必要があります。

 これまでも述べてきたとおり、起業家がビジネスをスタートする際に最も重要なことは、「客がいるか?」ということです。その検証を行うために、自分自身で直接一次情報を集めることによって、その実現可能性を確認するという作業が、最初に必要なプロセスとなります。アメリカの起業家研修においては、最初の段階で特に徹底的に行うのは、この部分の検証となります。

 しかし、こういった直接的な調査を行った上で、ある程度の市場性があると考えたにもかかわらず、その実行が行われないということも多くあります。その多くが、調査の過程で、今現在の自分が「できない理由」を並べあげて「実行できない」という結論に達してしまうことによります。

 優秀な起業家によって実行される多くのビジネスアイデアは、それが起業家によって実行されるまでには、様々な人が「思いついた」「市場性があると感じる」というレベルに達していることは多いものです。しかし、それを具体的に実行レベルに移すことができる人というのは非常に少ないのです。

 あるビジネスアイデアを思いついた時に、最も障害となりやすいのは「お金が不足している」という問題になります。しかし、起業家がしっかりとした一次情報に基づく市場調査等を行って、綿密に計画されたビジネスプランを作成し、投資家や銀行などに持ち込んで、それが本当に市場性の高いビジネスであることがきちんと説明できれば、多くの場合は当座のお金の問題は解決することができます。また、技術的な問題や流通の問題がある場合には、効果的な提携関係を模索することによってそれらが可能になることが多くなります。

 昨今の変化の早いビジネス環境においては、新しい市場を切り開く際「誰が最初に始めたか?」ということも、ビジネスにおける影響が非常に大きいものとなります。そのため、起業家は「できない理由」を考えるのではなく、「どうやったらできるのか?」ということについて誰よりも先に考えることが重要といえるのです。

 起業家が新たにビジネスに参入するとき、既存の大企業などと比べれば、人的なリソースもきわめて少ない状況でスタートすることが多くなります。

 起業家が行う「人的なリソースが限られている」「まだ十分に組織化されていない」ビジネスの成功は、それに関わる数少ないスタッフの「モチベーションの高さ」も大きな要素となります。そして、スタッフが高いモチベーションをもって目的に邁進できるかは、起業家自身がスタッフに対して公平(フェア)な評価ができるか、が非常に重要な事柄となります。

 起業家がビジネスをスタートした初期の段階で、とにかく事業を立ち上げていかなければならない状況のような場合には、少ないスタッフで目的意識を共有し、それに向かって全員で向かっていくことができる場合が多くなりますが、事業がある程度発展し、そのシステム化を考えるようになるとき、問題が起こりやすくなります。

 起業家は、顧客などに対して、常に前向きな「価値の提案」を行っていくべき存在ですが、事業をシステム化しようとするときには、自分たちが創出するべき本質的な価値とは全く関係のない、あるいは価値の創出を妨げるような形の評価尺度がたくさん用意されることがあります。

たとえば、年齢、性別、人種、国籍、学歴(出身校)、入社年、勤続年数、などです。

 これらの尺度は、外部に対して生み出す価値とはほとんど全く関係しないにもかかわらず、他者を評価するための尺度としてシステム化され利用されるようになります。こういった尺度でスタッフが画一化された評価をされるようになると、個人が事業に対して生み出している本質的な価値とは関係のない不公平な評価が繰り返されるようになるため、スタッフ全体、特に積極的に価値を生み出そうとしていた人のモチベーションが下がることになります。

 この状態が進むと、英語で”Entrepreneurial”(起業家的な、事業家的な)の反意語的な意味としてもよく用いられる ”Bureaucratic”(官僚的な)な組織となり、外部に対しての価値の創出が進みにくい、非生産的なビジネスとなりやすくなります。

 事業を組織化していくプロセスの中で、官僚的な仕組みになりやすいのはアメリカよりも日本の社会のほうが起こりやすいことといえるでしょう。アメリカでは、非正規社員として入社した人であっても、その勤務態度や会社に対しての貢献が認められれば、正社員への昇格ということも起こりやすく、逆に大企業の正社員であったとしても、日本のようには終身雇用が保障されるわけではなく、その貢献が低いと判断された場合には、解雇などもされやすい社会といえます。

 起業家は社会に対して創出する価値を最大化することが求められる存在ですので、そこで働く人を評価するときにも、その「個人が創出している価値」や「貢献度」に着目した、公平な評価を行うようにしていくことが重要といえます。

 起業家は事業を開始したその瞬間から、自分が下す決断すべてに、自分で責任を取らなくてはいけなくなります。事業は、いつも順調に進むことばかりではなく、さまざまな難しい局面や、危機に陥ることがあります。時には、

従業員を解雇する
長い間付き合いのある取引先との関係を解消する

などという起業家にとっても精神的に厳しい決断を下さなければならないことも起こってきます。そのため、起業家は自分が下す判断に対して、意見を異なる人達などとの関係が悪化することもあり、その意味では、起業家は「孤独に耐えうる」ひとでなくてはならないといえます。

 しかし、一方で起業家が現在進行形で経験している難しい局面に対して、それを完全に一人で決断してしまうのではなく、自分にとって信頼のおける相談相手(メンター)とよく話し合った上で決断することのほうが望ましいといえます。

 起業家が直面している問題というのは、それが全く同じような状況でなくても、同様な経験をしている人たちというのは必ずどこかにいるもので、そういった経験をしている人からアドバイスをもらいつつ決断を行っていくということで、確度の高い決断を行えるようになります。

 アメリカの起業家教育では、講義の内容も実践的なフィージビリティスタディ(実行可能性の確認)が多く、その講師はどちらかといえば「先生」というより「メンター」として参加しているといってもよいでしょう。

 起業家が「メンター」として求める人の経験としては、たとえば以下のような経験がある人となります。

・起業家
実際に自分で事業を行い、拡大させた経験のある人

・投資家・ベンチャーキャピタリスト
様々なベンチャー企業に投資した経験があり、ベンチャー企業特有の発生しやすい問題などを熟知している人

・スモールビジネスのコンサルタント
中小企業経営の相談を数多く受けた経験のある人

・公認会計士・税理士
様々な企業を財務的な観点から相談に乗って、起業家が起こしやすい問題を知っている人

 事業を行っていく上で発生する問題というのは、事業が拡大する段階(ステージ)によっても、相談すべき相手というのも変化してくるものなので、自分自身の状況に応じて適切なメンターを選んでいく必要があります。

 日米を問わず、どんな大企業であっても、取締役会は、「相談役」という立場の人を用意するものです。起業家はその基本的な態度として、自分の決断に対してすべての責任を持つということが必要ではありますが、それと同時に、常によきメンターを求め、様々な意見・情報を参考にしていくということが大切なことといえます。

 起業家が事業を行っていくにあたって、「貸借対照表」「損益計算書」「キャッシュフロー計算書」などの財務諸表を読み、正しい経営判断をしながら事業をコントロールできることは絶対に必要なことといえます。

 しかし、実際のスモールビジネスの現場においては、財務諸表の意味を理解することができない経営者というのはかなり高い割合で存在することになります。特に、特異なキャラクターでビジネスを作り上げてきた人や、技術系出身者が事業を立ち上げた場合などにそういったことが多くなるようです。

 会計や経理といった「お金に関しての仕組み」は、ビジネスを行っていく上では絶対に理解しておく必要があるものですが、一般的にはその仕組みを勉強するのはきわめて面倒なものであるため、それをおろそかにしたまま、営業や商品・サービス開発などの自分が得意な部分(やりたいこと)に集中してしまうことが多くなります。そのようなとき、ほとんどの場合には会計士などにその仕事を「丸投げ」してしまう傾向が強くなります。

 しかし、会計や経理といった仕事を「丸投げしてしまったとき」起業家は経営上の重大な危機を内包することになります。起業家が、財務に関しての理解がない、あるいは面倒なために、その機能を他人に丸投げした際に、起こりやすい最悪な問題が、会計担当者などによる「横領」の問題です。

 事業がうまくいきはじめたときなどには、お金もたくさん自分のところに入ってくることになると同時に、起業家自身は顧客対応などにリソースを取られることが多くなります。そのようなとき、起業家が会計・経理担当者にその仕事を丸投げしてしまっている場合、その担当者による「帳簿の改ざん」「横領」といった問題が案外高い確率で起こることになります。

 会計担当者による「横領」のような最悪な問題は、起業家自身が「財務に関しての正しい知識を持ち、常に関心を払う」ことで防ぐことができる問題ですが、この「財務に関しての正しい知識を持ち、常に関心を払う」ということは、「横領」のような問題を防ぐだけでなく、事業を前向きに発展させていくためにも必要なことといえます。

 アメリカの起業家研修では、ビジネスプラン作成の目的を、「投資家に説明すること」に置くことが多くなりますが、「ビジネスの初期投資を依頼する」際にも、「事業を売却する」際にも、投資家とのコミュニケーションの基本となるのが財務諸表となります。また、事業の途中で資金が不足し銀行に融資を依頼するときなどにも、正確な財務諸表が作成され、起業家によって適切に説明されることがなければ、絶対に融資をうけることはできないといってよいでしょう。

 起業家がビジネスを進めるにあたって、会計、経理、財務諸表を正確に理解することは一般社会における「読み、書き、そろばん」といえるほど、基本中の基本となる事柄ですので、それは確実に理解し、常に関心を払いながらコントロールする必要があるのです。

 起業家は、ビジネスをスタートして、事業を「システム化」し「売却できるような状態」にすることを目指すべき、ということを述べてきましたが、機械を設計してそれを製造・販売するのとは違い、ビジネスとは人間によって形成されるものであるので、単なる論理的な組み合わせを行うだけではうまくいかないものです。

 人間同士のつながりによって構成されるビジネスが効果的に発展するかは、そこに参加する人同士のコミュニケーションが非常に重要な役割を果たすことになります。そして、そのビジネスの中心で参加する起業家自身が、もっとも効果的にコミュニケーションができる人(The Most Effective Communicator)であることのほうが望ましいといえます。逆に、起業家自身が直接的な対人コミュニケーション能力が全く欠けているような場合には、ほとんどその成功はあり得ないといってもよいでしょう。

 アメリカの起業家研修において、その講義が、片方向的な学校の授業のようなものではなく、双方向的なコミュニケーションをベースに行われることが多くなるのは、起業家自身が優れた対人コミュニケーション能力を持っていることが必要であるからといえるでしょう。また、起業家研修のトレーニングの中で、「エレベータピッチ」の練習が行われるのは、起業家の直接的な対人コミュニケーションが「効果的に」行われることも、重要な要素であるからです。

起業家は特に、様々なリソースが不足した状態から、ビジネスを立ち上げ発展させていかなければならないことが多いのですが、そのような状況では、そこにかかわるスタッフのモチベーションがその成功には大きく関わってきます。起業家自身は自分で動機付けできる人(Self-motivated)であることが多いものですが、それに関係するスタッフが、同様のモチベーションで事業に取り組めるかどうかは、起業家自身がどのようにその高いモチベーションを伝えることがどうかで決まることになります。従業員やスタッフとのコミュニケーションに限らず、起業家が始めた事業が大きく発展するかどうかは、顧客、取引先、投資家などの様々な利害関係者に対して、起業家自身がどのようなコミュニケーション能力を持って接し、周囲の人たちから愛される存在になっていけるかにかかっています。

 起業家が困難や危機に直面した時ほど、起業家自身がどのような人物か、ということは非常に大事なこととなります。起業家が危機に直面した時、周囲から全く愛されていないような場合には、次々とスタッフや取引先は離れていくことになってしまいます。逆に、起業家がそれまでのコミュニケーションにおいて信頼され、愛されている場合には、スタッフや取引先は、協力して危機に立ち向かっていってもらえることになるでしょう。事業が危機的な状況での銀行の融資などの決定は、紙に書かれたビジネスプランそのものよりもその人間性が評価されることのほうが実際のビジネスの現場では多いのです。

 起業家は、まず人間として、常に効果的なコミュニケーションを行っていく努力をすることが、極めて重要なことといえます。

 ここまで、アメリカの起業家研修や関連の文献などでよく言及されるアントレプレナー的な「メンタリティ」や「行動特性」のようなものについて筆者なりにいくつかの要素を考えてまとめてみました。もちろんこれがすべてではないでしょうし、成功した起業家にはここに述べたような要素が少ない人もいるでしょう。

 ただ、この章でも述べたとおり、「起業家が実際にビジネスを始めて成功するか?」、はこれを読んだ人同士の論争によって結論が出るものではなく、実際の起業家の行動によって証明されるものですので、これ以上の理屈を並べるのは控えることとします。

 もし自分が、社会に対して本質的で大きな価値を生み出すと思われるアイデアを思いつき、自分の足で見込み客と思われる人達に対して直接調査したところ、それは本当にやる価値のあるものという確証があると思うのであれば、あとは実行あるのみ(Just Do It!!) です。

 日本では、これまでは企業に社員として入社してしまえば、そこで普通に働いてさえいれば生活するのに十分な報酬は得られ、そして、ほとんど解雇される心配がない社会、極端にいえば「リスクゼロ社会」と考えられてきました。しかし、ここ何年かのうちに環境は大きく変化し、大手企業の突然の倒産、大規模なリストラや派遣切りなど、会社に正社員として入社したとしても、社会に一人放り出される可能性はいつ何時でもある「リスクフル社会」へと変化しつつあります。

 ある人が「起業する」と決めたら、その後の決断は当然すべて自分で責任をとる必要があり、それからさらに成功していくためには様々な困難や危機を自分の責任で乗り越えていく必要がでてきます。そのため、これまでの日本の終身雇用的な「リスクゼロ社会」を前提とした場合、「起業する」ということは、リスクが高すぎるギャンブル的な行動ととらえられてきましたが、これからは、その前提が崩れつつあるのですから、ある程度は「自分が起業する」ということも想定したメンタリティを持って行動すべきといえるでしょう。

 ここ最近、アメリカ国内でも従来型の大企業が生み出す価値の減退などが顕著になるにつれ、そういった大企業が内部体質として持つ、官僚的な組織(bureaucracy)が問題となっています。そのため、米国内のMBAなどでは、そのような企業価値の創出を妨げる「官僚的(bureaucratic)な組織」をどのように再構築・リストラ(Restructure)し、効果的に価値を生み出すような「アントレプレナー的(Entrepreneurial)な組織」に変化させていくべきか、というようなことも議論されることが多くなっているようです。

 そのため、もし自分が今大企業に勤めていて、今後もそこで働き続け、結果として一生勤め上げていくとしたとしても、これからの社会の中では、会社が自分に求めるメンタリティは、「アントレプレナー的なメンタリティ」に近いものになることは、間違いがないでしょう。

 つまり、これからの時代は、起業するにしても、一生会社に勤めるにしても、「アントレプレナー的なメンタリティ」を持って生活していったほうがよいのです。






無料ダウンロード!!~起業準備ビジネスプランワークシート
成功するビジネスはビジネスが始まる前に作られます。
起業の準備、新規事業を始める際に考えた方が良い項目を列挙した
「起業準備・ビジネスプランワークシート」
が無料でダウンロードできます。以下のフォームから、お気軽にダウンロードしてください。

ワークシートのみ希望の方は、「お問い合わせ内容詳細」の項目に「ワークシートダウンロード」とのみ記入してください。コンサルティング等のサービスもご要望の方は、「お問い合わせ内容詳細」にその旨を記載して送信してください。

間違っていると連絡できません!

必須メールアドレスmail address
必須確認のためもう一度confirm mail address
必須お名前your name
フリガナassumed name
ご所属・ご職業occupation
電話番号telephone number
携帯電話番号mobile phone number
FAX番号fax number
郵便番号postcode
ご住所address
  1. 都道府県
  1. 市区町村
  2. 丁目番地
必須お問い合わせ内容詳細inquiry body
必須送信確認sending confirm



起業関連本